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【書評】横山秀夫『半落ち』は小説版「100カメ」だった。【ただいま書評研修中!!】

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最近、暇さえあればNHKオンデマンドで『100カメ』を見ています。さまざまな場所に100台の定点カメラを設置し、「人々の生態を観察するドキュメンタリー」番組。全話見終えて二周目に突入した僕は、気づけばミステリー小説にまで「これは100カメだ」と思うようになっちゃいました。横山秀夫『半落ち』(講談社文庫)です。

 

「妻を殺しました」

ある日、出頭してきたのは、生真面目で知られる現職警部・梶総一朗。アルツハイマーの妻が「病死した息子を忘れる前に死にたい」と願ったことから、自らの手で首を絞めて殺めたと話します。梶は取り調べに素直に応じますが、殺害から出頭までの二日間については何も語ろうとしません。

梶の自宅には自殺を図った跡がありました。また、出頭前に書かれた「人間五十年」という書が見つかったこと、梶自身が「あと一年」とつぶやいたことから、警察は四十九歳の梶が何らかの理由で死を一年遅らせたのだと推測します。

 

息子を病気で亡くし、妻を自らの手で殺害し、すべてを失ったはずの男。彼はなぜ「人間五十年」にこだわったのか。「空白の二日間」の秘密が明かされたとき、その衝撃はあなたにただの謎解きを超えた余韻を残すはずです。

 

本書のミステリーとしての本筋は、梶総一朗が隠す「空白の二日間」の解明でしょう。もちろん僕も、その謎を追って楽しんでいたはず、、、が、読了後にふと振り返り、ニヤッとしちゃった。「これ、100カメだな」と。

本書では一章ごとに、警察官・検察官・弁護士・新聞記者・裁判官・看守と視点が切り替わっていきます。「梶総一朗の空白の二日間」に六つのカメラ(6カメ)を仕掛け、梶総一朗という人間を立体的に浮かび上がらせていく。立場が変われば見え方も変わる。梶は元同僚であり、被疑者であり、クライアントであり、格好のネタでもある。しかし彼らは皆、「梶総一朗の空白の二日間」という"夕日"を目指しているという点で、同志とも言えます。

 

組織では 「全員が同じ方向を向いていることが大切だ」と飽きるほど聞いたことがあります。僕はその言葉に対し、「あの夕日に向かって走れ!」的な青春ドラマのワンシーンを思い浮かべてました。でも、100カメを見て、変わったんです。組織にはいろいろな立場の人がいます。全員で同じ場所からスタートするなんて、無理。だけど、100カメに映る方々は、間違いなく同じ目的地に向かっています。どうしてなのか。一緒にまっすぐ走るのでなく、各々の場所から、各々の方法で、人によっては反対側から、"夕日"に向かって走っているのです。

 

六人は仕事にプライドがあり、流儀があります。夢中で走っていれば、ぶつかることもあるでしょう。しかし夕日に近づいたとき、彼らは気づきます。みんな同じ「梶総一朗」を追い、同じ何かを感じたことを。それを言葉にすることはありません。でも、わかる。あいつも夕日を見たんだなって。

「あぁ、明日も頑張ってみようかな」と思えるような、「働くって悪くないよな」って思えるような、そんな小説です。僕も仕事に行き詰まったとき、また彼らとともに、あの夕日を追いかけたいと思います。

 

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  • この記事を書いた人

りき

年間150冊読むミステリーが好きな20代男です。 Instagramを中心に好きな本を紹介しています! ありがたいことに4,500人以上の方にフォローしていただいています。もし良ければ覗いてみてください!

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