「ただいま書評研修中!!」は、一介の小説好きがいつか他媒体で書評やブックレビューを書くことを夢見て、書評を実践的に学んでいくコーナーです。どうかお手柔らかに。
「旅にトラブルはつきものだから。一期一会を楽しまなきゃ」
人生で何度かそんな会話をした覚えがあるけれど、近藤史恵『ホテル・ピーベリー』(双葉文庫)を読んだ人とそうでない人では「トラブル」への解釈が変わるだろう。本書を読んでもなお、トラブルを楽しみたいと思えるかどうか、ぜひ確かめてみてほしい。
ある事情で教師を辞め、空虚な日々を過ごしていた木崎淳平は、旅行好きの友人から勧められ、ハワイ島のヒロにある「泊まれるのはたった一回だけ」のホテル・ピーベリーを訪れる。オーナーである洋介・和美夫妻も、五人の宿泊客も全員日本人。日焼けしてハツラツとした和美の献身的なもてなしを受けながら、それぞれ自由気ままに過ごしていた。
そんななか男性客の一人、蒲生がプールで溺死する事故が起き、さらに彼が偽名を使って宿泊していたことが判明すると、ホテルの静穏な雰囲気が乱れ始める。木崎は、事故の前に男性客の青柳から告げられていた「おもしろいものが見られる」という言葉に疑問を覚えるも、その真意を確認する前に青柳がバイク事故で死亡してしまう。二人の死は、本当に事故なのか。徐々にそれぞれがついた「嘘」が浮かび上がっていく。
本書の読みどころは、物語の速度の変化だ。序盤は、日本の鬱屈とした暮らしから逃れるようにハワイを訪れた木崎が、和美や宿泊客たちとインスタントな関係を構築していく様子が描かれている。スローライフを形容するようなゆったりとした描写は、いつどこで読んでも旅情をそそられるだろう。
しかし蒲生の死をきっかけに、ホテル・ピーベリーは不穏な空気に満ち、物語は一気にサスペンス・ミステリーの様相を呈していく。蒲生が偽名を使っていた理由、青柳が告げた言葉の真相、さらには各所で読者に違和感を抱かせる木崎の言動の背景にある秘密がスピーディーに明かされ、まさしくジェットコースターのような急激な速度変化による高揚感を与えてくれる。
作中でハワイ島には十一種類もの気候区分があり、エリアや時間帯によって気候が大きく変わるという説明があるが、本書もハワイ島の気候のようにさまざまな面がぎっしり詰まっている。
いつかハワイに行くときには、本書をおともに……はしないほうが良いか。トラブルは小説のなかで楽しみたい。