『異常【アノマリー】』がおすすめの人
非日常を味わいたい
群像劇が好き
答えのない問いが好き
著者が読者の本を書くことはなく、読者が著者の本を読むこともない。
両者が共有しうるのは、とどのつまり、最後の句点だけだ。
――ヴィクトル・ミゼル『異常』
今回はエルヴェ・ル・テリエさんの『異常【アノマリー】』をあらすじ・見どころ・感想を紹介します。
ひとことで言うなら、「同じ飛行機に乗り合わせた人々が”異常”を経験し、その後の世界で自己や人生に向き合っていくSF×哲学小説」です。
ネタバレなしで紹介するので、安心して読み進めてみてください。
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『異常【アノマリー】』のあらすじ・登場人物
舞台 | フランス・アメリカなど |
時代 | 2021年 |
登場人物
- ブレイク:殺し屋。
- ミゼル:小説家・翻訳家。
- リュシー:映像編集者。
- アンドレ:建築家。
- ディヴィッド:がん患者
- ソフィア:少女。
- ジョアンナ:弁護士。
- スリムボーイ:歌手。
- アドリアナ:女優
- エイドリアン:研究者
物語は三部構成となっており、第一部ではさまざまな人物の日常が綴られています。
■第一部 空ほどに暗く(2021年3月~6月)
「異常」を経験する登場人物たちの日常
■第二部 人生とはいわば、夢のようなもの(2021年6月24日~26日)
「異常」の渦中
■第三部 無の歌(2021年6月27日以降)
「異常」後の世界
ハードボイルドや恋愛といったさまざまな人物・ジャンルが描かれており、彼の(各章の)共通点は3つ。
- 飛行機エールフランス006便に乗り合わせ、乱気流に巻き込まれたこと。
- しばらくして、なぜかFBIなどに身柄を拘束されること。
- 約3か月後、同じ場所に集まったこと。
それぞれの人物を描いた各章は、基本的にFBIなどがたずねてくるシーンで終わり、読者にはその詳細は明かされません。
そして第一部のラストから第二部にかけて、物語の軸となる「異常」な事件が起きます。「異常」について明かされるシーンは、本作で一番の衝撃的な場面なのでぜひご自身の目で確かめてみてください。
「異常」後の世界では、研究者や哲学者、各国の大統領などが原因や対応を議論するシーンが描かれています。そのなかで、人間とはなにか、自分とはなにかについて、考えさせられる論説が多数述べられ、「異常」を経験した登場人物たちも自分と向き合っていきます。
『異常【アノマリー】』の見どころ・キーワード
ヴィクトル・ミゼル『異常』
本作には、明確な主人公はいません。群像劇形式で次々と視点が変わり、それぞれの人物についてほぼ平等に描かれています。
ただ、ヴィクトル・ミゼルという作家が鍵を握っていることは間違いありません。なぜなら作中にて、本作と同じタイトル「異常」という小説を出版しているから。
各部の冒頭にもミゼルの「異常」の一節が引用されており、物語を読み解くポイントになっています。
登場人物が多くて誰に着目すればよいのかわからないという方は、ぜひミゼルに重点を置いて読み進めてみてください。
シミュレーション仮説
「異常」についてのネタバレになるので深くは語りませんが、本作では「シミュレーション仮説」という物理学や哲学などの研究者が主張している理論が登場します。
シミュレーション仮説とは簡単にいうと、「私たち人間は誰かが作ったシミュレーションのなかで動いている」という仮説のこと。
シミュレーション仮説(シミュレーションかせつ)とは、人類が生活しているこの世界は、すべてシミュレーテッドリアリティであるとする仮説のこと。シミュレーション理論と呼ぶ場合もある。
引用:Wikipedia
私自身、本作で初めて知った用語だったので、Wikipediaなどを読んで理解を深めながら作品を読み進めていきました。
シミュレーション仮説に対してある程度理解できれば、より深く物語を楽しめるはずです。
また本作を読了後、シミュレーション仮説に興味を持った私は、関連する本を2冊手に取りました。参考までに記載しておきます。
ウリポ
本作の「訳者あとがき」にて知ったのですが、著者のエルヴェ・ル・テリエはフランスの文学者グループ「ウリポ(潜在的文学工房)」のメンバーだそう。
ウリポとは、数学者のフランソワ・ル・リヨネーが設立した集団で、特定の文字を使わないなどの独特な技法を活用して新しい文学を追求している団体です。
本作の内容自体には関係ありませんが、予備知識として読了後にでもウリポについて調べてみるのもおすすめです。
私は、ウリポの中心メンバーだったといわれるレーモン・クノーの作品、特に『地下鉄のザジ』が気になっています。
『異常【アノマリー】』の感想
圧巻の第一章
小説は往々にして冒頭からしばらくは人物や舞台などの説明ですよね。本作でも同様なのですが、とにかく登場人物が多い。複数人の日常が群像劇形式で描かれています。さらにそれぞれの物語の登場人物は異なるので、総合的な人物はかなり多いです。
、、、ここまで聞くと人の名前を覚えるのが苦手な方は抵抗を感じてしまうかもしれません。「ただでさえ海外小説は名前を覚えられないのに、、、!」と。
ですが安心してください。名前を覚えるのが超苦手な私でも、本作ではスムーズに頭に入ってきました。
その理由は、とにかく登場人物が個性的なこと、そして各章が独立したものとしても面白いこと。それぞれの人物の物語だけで一冊作れるんじゃないかというくらい、しっかりと作り込まれています。
さらに各章がまったく違うジャンルなので、混同しにくいんですよね。冒頭はいきなり殺し屋から始まり、作家、建築家、、、と続いていきます。
また第一章は、作品全体の導入部分なので、作者としては「この先を読みたい!」と思わせなくてはいけません。
その技術がすごい。各章のラストはFBIなどがやってくるシーンで終わるのですが、読者にはその理由がまったくわからないんです。
「え?どういうこと?」となった次のページでは、すでに他の人物の物語に切り替わっている。だから理由を知りたくて読み進めちゃう。するとその人物のもとにもFBIが来て、、、といった感じ。
本作の軸となるのは第二章以降だと思いますが、個人的には第一章を読んだ時点で「勝ち」でした。
わからないから面白い
「あーまったくわからん」
読みながら何度思ったことでしょう。哲学や宗教、物理、数学といった専門知識が並び、目が滑るとはこのことかと実感しました。正直わからないシーンも多かったのですが、それでも読み進めてしまうのは、「わからない。でも、面白い」「わからないから面白い」と思えたからです。
本作の鍵となる「異常」も、一般常識からは絶対に考えられない出来事なんです。だから研究者が集まっても「わからない」。それを追求する物語なので、ある意味「わからなくて当然」なんですよね。むしろわからないからこそ考えることに意味があるんだと思います。
第三章では、「異常」を経験した人々が人生と向き合う描写がありますが、彼らもその時点である決断をしただけであって、その先のことはわからないんです。そういった意味でも「異常」に対して「わからない」のが「通常」だということで、、、ん?書きながらわからなくなってきた。ここまでにしときます。
翻訳者ってすごい
先述の通り、作者は特殊な技法を用いる「ウリポ」のメンバーであり、本作にもそういった技法が使われているようです。また全体的に、海外ならではのユーモアも多く含まれています。フランス語だから通じる技法やジョークも多々あるはずので、翻訳するのはめちゃくちゃ難しかったと思います。
「訳者あとがき」にもありましたが、日本語で表現するにあたって、著者のエルヴェ・ル・テリエと何度も相談していたそうです。
とにかくすごい。最後のページなんてまさに圧巻です。
加藤かおりさんが訳されている作品をもっと読んでみたいと感じる一冊でした。
『異常【アノマリー】』のあらすじ・感想:まとめ
今回はエルヴェ・ル・テリエの『異常【アノマリー】』を紹介しました。
とにかく「異常」な一冊。ぜひお楽しみください。