パラドックス13

小説レビュー

【書評】東野圭吾『パラドックス13』(講談社文庫)【ただいま書評研修中!!】

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百を超える作品を生み出してきた東野圭吾のアイデアにはいつも驚かされるが、『パラドックス13』(講談社文庫)は「人が消えた東京」を撮りたい映画関係者が編集者に相談し、著者に持ちかけたことをきっかけに生まれた作品だという。(『東野圭吾公式ガイド作家生活35周年ver.』参照。結局、映画の話はボツになったらしい。)

 

物語は首相官邸から幕を開ける。首相のもとに、三月十三日十三時十三分十三秒に特殊な現象が地球を襲うという一報が入る。全世界に影響が及ぶと考えられるが、明確な被害は予測されない(あまりにも特殊で計算できない)ため、各国と協議して国民には知らせないことになる。十三時十三分、宝石店を襲った強盗犯を捕らえる作戦に駆り出されていた巡査・久我冬樹は、手柄を上げるために単独で行動するも、犯人たちに気付かれ銃口を突きつけられる。しかし、次の瞬間、冬樹の周りから人間が消えてしまう。

 

冬樹は事態を把握するために街を捜索する中で栄美子・ミオ母娘と出会い、捜査一課管理官で兄の誠哉とも再会する。聡明でリーダーシップのある誠哉を中心に、十三人の生存者が集い、異世界からの脱出を目指すも、地震や大雨に見舞われ、生活の場を失っていく。荒廃した世界を舞台に、人間がいなくなった理由を探るサバイバル&ミステリーだ。

 

生き残りをかけた物語では、往々にして主人公たちを脅かす悪役が登場するが、本書では明確な悪役は登場しない。特殊な状況で出会った人々は、老人や赤子、病人を慮りながら、協力して生き延びる術を探っていく。しかし極限とも言える世界では、従来の「善悪」は意味をなさない。善意による行動が他者の死を招くおそれもあるし、従来は悪とされる行動が他者の命を守るケースもあるのだ。

 

物語の鍵となる「善悪の反転」が窺える印象的なシーンを一つ紹介する。

 

「この子は、お寿司は何度も好きですけど。あっ、でもサビ抜きで」
「オーケー。じゃあ、まずはこいつからだ」

東野圭吾『パラドックス13』(講談社文庫)―P52より引用

 

色気より食い気な男性・太一が、カウンターに座る栄美子・ミオ母娘に寿司を振る舞う場面だが、太一は寿司職人ではない。元の世界であれば、他人の店で勝手に寿司を食べ、提供しているのであり、栄美子とミオも無銭飲食をしていることになる。ただし異世界では、三人のこころと腹が満たされる善い行動だと言える。緊迫感のある物語の中で、読者が息をつける数少ないほっこりシーンだろう。この場面を皮切りに、作中では善悪の判断が難しい数々の課題が描かれていく。

 

たった十三人の世界。しかし人口が八十億人を超えたこの地球だって、結局は一対一のコミュニケーションが繰り返されることで成り立っている。極限状態で冬樹たちが直面した壁は、実は私たちにとっても日常的に生じている課題なのかもしれない。「殺人すらも善となる」世界で、世の理を考える。

 

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講談社
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  • この記事を書いた人

りき

年間150冊読むミステリーが好きな20代男です。 Instagramを中心に好きな本を紹介しています! ありがたいことに3,000人以上の方にフォローしていただいています。もし良ければ覗いてみてください!

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